皆様、こんばんは。
昨夜放送された「第50回 思い出のメロディー」、素晴らしかったですね。
”第50回”、そして”平成最後の年”という節目の年に”平成の股旅野郎”というキャッチフレーズでデビューされたきよしさんが司会をつとめたことにも、新たな時代へとページを皆で一緒にめくったような思いになりました。
50年前の第1回に出演された菅原都々子さん、北島三郎さん、森進一さんが50年後にまたこの番組に出演されて歌声を披露されていることに、番組をみてあらためて深い感動を覚えたのです。
わたしは8月4日におこなわれた公開収録に参加させていただいて、そのときのことを記事に書かせていただきましたが、オープニングにはふれずにおりました。
それは収録に参加させていただきましがが、わたし自身がどんなふうに放送されるのか、楽しみでならなかったからなのですが、その気持ち、おわかりいただけたでしょうか。
そして、そして、そして!
きよしさんの「傷だらけのローラ」!
でした。
唄いだしで、まさかきよしさんのバックショットが映しだされるとは思っていませんでしたが、あのカメラの視線が西城秀樹さんのきよしさんをみつめるまなざしのように感じられて、ぞくぞくしたのです。
この曲のリクエストメッセージに、”ヒデキの愛が詰まった曲”と書かれていましたね。
そして、ファンの皆様の間では、「ローラ」といえば「傷だらけのローラ」のことなのだというそのことに、ヒデキさんとファンの皆さんが紡がれた愛の絆を感じて胸熱くなりました。
熱唱、そして、終始あたたかで誠実な司会に、わたしがあれこれ申しあげるまでもなく皆様のなかに、今、あふれる感動が渦巻いてわきだしていることでしょうね。
ぜひぜひ皆様のその思い、感動をぜひNHKさんに送りませんか?
今の感動を言葉で表現することが難しいという方は、”言葉にならないほどの感動”とひとことでも。
※皆様の感動の思いはこちらからNHKさんに送れますので、ぜひ!
そして手前味噌ながら、きよしさんの「傷だらけのローラ」について先の記事に書いたものをアップしますね。
「ヒデキ~!」きよしさんが「傷だらけのローラ」を唄いおえた瞬間、西城さんの熱烈ファンの男性が渾身の”ヒデキコール”をされました。その声が響いたとき、一瞬、えっ?という空気が漂って、でもすぐにきよしさんの熱唱が、西城さんのファンであるその方のこころに、在りし日の西城さんが蘇えらせたのだということを合点して、きよしさんの歌唱にいっそうの大きな大きな拍手がおこったのです。唄いおえた瞬間、天を仰いだあと、しばし脱力された様子のきよしさん...。稲妻にうたれたかのように、声を震わせ、その魂までもを震わせて、西城さんを偲び、そして、その世界を、誠実に、”100パーセントの氷川節”で唄いあげたのでした。歌唱される前に、4年前にこの「思い出のメロディー」に出演され、NHKホールで歌唱された西城さんの雄姿を同じステージにたって目の当たりにされた感動を言葉にされていたきよしさん。西城さんを深くリスペクトされ、その振りや、歌の特徴は意識されていたかと思いますが、あくまで”100パーセントの氷川節”での「傷だらけのローラ」だったからこそ、もっともっと深い部分での西城さんとの再会という奇跡のような体験を味わわせてくださることができたのだと、わたしは思って、胸がいっぱいでした。こんなこんな歌唱が聴けるなんて!なんて、なんて幸せ。”氷川きよし”のファンになり、こうして奇跡のような瞬間を一緒にすごさせていただけたことにファンとしてあふれてやまない幸せをかみしめるように感じていました。衣裳は赤と黒のたてストライプのスーツ。シャツは黒だったと思います。下手側の司会者ブースへと、歩かれ、スタッフの方が乱れた髪を整えてくださると、つづいて歌唱される野口五郎さんと司会の木村佳乃さん、高瀬耕造アナウンサーの方へと歩まれたきよしさんは、まだ現実にもどることができていないようでした。そのときに、野口さんがきよしさんに手を差しだされ、握手をされたのです。西城さんを愛する野口さん、そして”ヒデキコール”をされた”ヒデキファンの方”にもそれほどに喜んでいただけるなんて!氷川きよしの歌の力に、そして、これからどんな世界に誘(いざな)ってくださるのだろうかと想像して、わたしは嬉しさに身震いしたのです。
そして、昨日は伊勢崎市文化会館でおこなわれたコンサートに昼夜参加させていただきました。
11時前に帰宅できましたが、「第50回 思い出のメロディー」の録画をみて食事やシャワーをあびてから、この記事を書いていたら、こんな時間になっていました(汗)。
昨日のきよしさんは絶好調!
「勝負の花道」では、ステージのセンター階段をおりてこられますが、
昼の部では、”やるよやるよやるよ!”というような雰囲気をかもしだされたかと思ったら、下から3段目くらいのところでジャンプ!
夜の部では、涼しいお顔で、さりげなくジャンプされたのです(嬉)。
嬉しそうに幸せそうにほほえむきよしさんに、”危ないでしょ!”とはいえませんでした(汗)。
昼夜とも西城秀樹さんへの思いを言葉にされ、この日放送される「第50回 思い出のメロディー」では「傷だらけのローラ」を唄わせていただいたことをお話しされました。
そして、コンサートでは、西城さんの楽曲のなかでもとりわけ好きな曲であることを前置きされてから、
「情熱の嵐」を大熱唱されたのです。
きよしさんは、夜の部では、
「この曲を唄うと熱い気持ちになれるんです」
と、おっしゃっていました。
いよいよ8月21日にリリースされる「勝負の花道」のニュータイプのボードがこの日からお目見えしたということでしたので、そのボードの写メをここでアップしますね。
※この日からお目見えしたボードです!
シューズも黒と白と左右ちがえているのですね(喜)。
きよしさんは前日、「長良グループカラオケ大会2018」の終演後に群馬に移動されていたようで、前夜、群馬でスタッフ3名で食事をされたことをお話しされたのです。
お店の方が、”お三方、本当にスマートですね。どちらからお越しになったんですか?”と気さくにおたずねになって、きよしさんが”氷川きよし”とはおわかりにならなかったようですが(笑)、
「群馬の方って気さくでいいなあって思ったんです。
でも、お三方といったんですが、ひとり、スマートというには、テレビとかだったら、画面に”...(てんてんてん)”ってでるような方がいて(笑)」
きよしさんがそのときの愉快さをどう説明したらいいのかと言葉をさがされていると、西寄さんが、
「ああ、それはNくんだったそうです!」
とフォローされたので、Nさんをご存じの方は、”ああ~”ときよしさんのいわんとしていたことを即理解したのでした(笑)。
NさんはときどきステージにCDのポスターをもって登場され、”西尾くん”と西寄さんが紹介されている方のことですね。ちなみにまだわからないという方で、「きよしこの夜Vol.17」のFC限定盤をお持ちの方は特典映像をご覧くださいませ。
ステージで使うためのソファをきよしさんご自身で運ぼうとされ、”待ってください~。おふたりにそんなことさせられませんよ~”と、とめにはいって、きよしさんと西寄さんにおしきられてしまったあのスタッフさんです。
西尾さんはまだお若いですが、ほんとうにきよしさんや西寄さんの信頼の厚い方のようで、心強いですね。
きよしさんは昼夜とも「勝負の花道」のニュータイプ(D・E・F)のインフォメーションをしてくだり、音源をながしてくださいましたが、夜の部で、先のA・B・Cタイプのカップリング曲を歌唱されたあと、
「今度、D・E・Fタイプをださせていただきます。
すいません。
お金使わせてしまって...」
とおっしゃると、
「申し訳ありません」
と頭をさげられました。
そして、
「でもこころをこめてつくらせていただいています」
と結ばれたのです。
きよしさんはやっぱりいつもそんな思いを抱いてくださっているのですね。
きよしさんのお気持ちを想像して、じんときてしまいました。
コンサートのご報告は今晩以降にアップする予定の次の記事に書かせていただきたいと思いますが、ひとつだけエピソードを。
今、きよしさんのお父さまを東京に呼ばれて、ご自身のかかりつけの歯医者さんにお願いして歯の治療をされていることをお話しされていました。
「僕、父のことも大好きですから。
今、父がうちにきているんです。
(好きなものが食べられるように)歯を治してあげたいと思って、僕のかかりつけの歯医者さんにお願いして」
と。
来週はニュータイプ発売ウィークで多忙のきよしさんですが、お父さまがおうちにいてくださると思うと、それだけで幸せな思いになるのでしょう。
折をみてお母さまも遊びにいらしてくださるのかもしれませんね。
さあ、明日8月20日はニュータイプの発売日前日ということで、大阪ツイン21アトリウムで12時30分からイベントですね。
参加される皆様、絶好調のきよしさんと最高の時間をおすごしくださいませ。
そして、大阪から全国へバトンをつなげて、きよしさんの追い風になりたいですね。
それこそがファンとして最高の幸せと思うのです。
結びに。
「第50回 思い出のメロディー」をみて、ここはという場面はみごとにおさまって、さらにさまざまな映像が加わって見応えあるのもになっていると感じました。
ですので、ここがあそこがと、とりたてて書くことはありませんでしたが、先の「傷だらけのローラ」のことを書かせていただいた記事のように、野口さんがきよしさんに手を差しだされ握手されたこと。
たとえばきよしさんが西城さんと野口さんのデュエットに感動されて涙をふかれていた真っ白なハンカチは木村佳乃さんが貸してくださったものであること、菅原さんをエスコートされ、舞台袖にもどられる際、菅原さんが、”わたくしはあなたでよかった”といってくださったこと、木村さんが”まだ終わりたくない”とおしゃったことなどはやはり”楽屋裏トーク”ですので、さすがに放送されていませんでした。
公開収録でのことをそんなこんなを下記の記事では記憶のかぎりではありますが、書かせていただいていますので、よろしければお読みくださいませ。
あのときは仕事がたてこんでいたので、記事をふたつにわけて書いてアップしています。
※「第50回 思い出のメロディー」観覧記(1)
※「第50回 思い出のメロディー」観覧記(2)
それではまたお会いできますように!
ブログのこと、ご心配いただいてコメントやブログ専用アドレスにメールくださった皆様、考えがまとまらないこともあり、お返事ができなくてごめんなさい。
次の記事でふれあいコーナーと、わたし自身の出会いから感じたことを書きたいと思っています。
そして、それが皆様へのお返事になるかもしれません。
以前、きよしさんへ皆でメッセージをお送りするという企画で、お預かりしたメッセージに、
”きよしくんに出逢ってわたしの黄昏れていく人生が色鮮やかなものになりました”
と書かれているものがあり、わたしはそのとき、涙がこぼれました。
そして、折々にその言葉を、そしてその方のおこころを思うのです。
夜の部の”ふれあいコーナー”で当選された98歳の方は、たいせつな方を亡くされて、自分もあとは死ぬのを待つばかりと思って70第の日々をテレビの前ですごされていたそうです。
でも、きよしさんに出逢って今年98歳を迎えられたことをご報告されていました。
わたしは、この日、夜の部の前に、数年前たまたまお話しする機会があり、それからご挨拶するにとどまっていた方と、ご縁あってはじめてゆっくりお話しをさせていただいて、間もなく90歳になられることをうかがいました。
おきれいでエレガントなその方は少なくみても10歳はお若くみえていたのです。
ご主人を亡くされ、親しかったお友達も皆、他界されて...。
その方には、お身体にも不調があることもはじめてしりました。
きよしさんに逢いたい、歌が聴きたいと思うと、出かけようというパワーがうまれ、その方を美しく輝かせているのだということをわたしは初めて知ったのです。
優しい娘さんがいつもご一緒してくださっているのですが、その方が、きよしさんの歌を聴くと、気持が明るくなって、また聴きたい、また逢いたいと思うのだとお話しくださって、わたしは胸がいっぱいになりました。
きよしさんは、昼部のオープニングトークで、
「今日は皆さんがどんな思いでお越しくださったのか、”氷川きよし”、重々承知しております。その思いにお応えして何倍にもお返しできるように、今日はまごころこめて唄わせていただきます」
とおっしゃっていました。
その言葉にこめられたきよしさんの思いをあらためて感じて、帰り道、ひとりになったとき、何気ない街の看板をみつめていたら、ふと涙がこぼれたのです。
このつづきは次の記事で...。
今日は午後からお仕事でお世話になった方が主催される泉鏡花の朗読劇をみに出かけます。