えっ?
きよしさん、どうしちゃったの?
その右手がドキドキするほど悩ましさをにじませるように、うごきだしたのです。
下腹へとおろす手も、いきつくべきところへ...。
きゃっ、もう、わたしにはこれ以上は書けません(汗)。
「愛しのテキーロ」を歌うきよしさんの振付が、振付以上のものになった瞬間だったでしょうか?
きよしさんの歌声もうごきも、歌に描かれた主人公とと渾然一体となったように、せつなさをにじませながら激しさをましていきました。
理性を捨て去り、その心のままに情熱を燃えたきらせて歌うきよしさんに、ただただ惹きこまれ、抗いようもなく吸いこまれそうな思いがしたのです。
「”テキーロ”も、僕のなかにある一部分かもしれません」
きよしさんは、「愛しのテキーロ」を歌いおえると、ひとことそうおっしゃいました。
伊勢崎市文化会館でのコンサート・夜の部でのこと。
わたしはきよしさんのその言葉を聞きながら、この夜のきよしさんの歌う「愛しのテキーロ」でわたしが感じた諸々はたまたまではなかったのだなあと感じ入りながら、きよしさんの次の言葉を待ちました。
「オリジナル曲って、自分の心のなかにある一部分を表現していると思うんですよ。
今日も”テキーロ”を歌いながら、僕、皆さんと、あの、”アレしているつもりで...。
そのう...、皆さんと、僕、抱きあっているつもりになっていました。
僕も歌と同じ経験をしてみたいなあと思ったり...。
歌い手って、(歌の世界を)演じる役者みたいなものなので。
主人公はどんな思いなのかなあと、詩に書かれていることはもちろんですが、その裏側まで考えるんですよ。
なんにでも裏側ってあるでしょう?」
きよしさんがそうおっしゃると、西寄さんが、
「裏側というか背景、バックボーンということでしょうかね」
と、きよしさんの思いをくむようにして、言葉を探してくださいました。
昼夜とも、”完全燃焼”と、昼の部のオープニングに掲げた目標を、その言葉以上に軽々と超えて、皆の心を感動で熱くさせてくださった最高のコンサートでした。
「ハロウィン音頭」と「すてきなバースデー」(正式な表記は未確認です)という、思いがけない素晴らしい歌のプレゼントがあり、抱えきれないほどのたくさんのおみやげをもたせてくださったので、先の記事にわたしが感じた”4つのサプライズ”について書かせていただきましたが、ある意味、この夜の「愛しのテキーロ」こそが最大のサプライズだったかもしれません。
新曲を発売されてからますます多忙をきわめるきよしさんに、
「年末までますます忙しくなっていくと思いますが」
と西寄さんが話しかけると、
「そうですか?」
と、クールにおっしゃったので、
「(だって)休んでます?」
とさらに西寄さんが問いかけると、
「いえ」
と、ひとことお答えになると、
「僕たちの世界って100のことをして、1にしかならないから。
以前北野監督、ビートたけしさんが、そうおっしゃって。
だからもっとがんばらないと。
テレビで僕をみてくださっている人のなかに、僕がコンサートをしていることを知らないという人もいると思うんですよ」
生身の人間なのですから、休みなくお仕事をされて疲労しないはずはないですよね。
でも、それはそれとしてすべてを前向きにうけとめて”前進するのみ!”と、きよしさんが思っていらっしゃることを感じて。
わたしもまた(きよしさんにはとてもとてもおよばないけれども)がんばるぞ!という思いにさせていただいたのですが、そこで西寄さんが、
「新曲も皆さんのおかげで最高のスタートをきらせていただきましたから。
ますますファンの皆さんが一丸となって後押ししてまいりましょう。
もうアレして、ソレして!」
と、きよしさんの思いをうけとめて、最後は”きよし語”でそうおっしゃったのです。
前日、NHKホールで「虹の架け橋 まごころ募金コンサート」の公開収録があったので、昼夜ともその話題になり、”おそれいります~”と、大江裕さんの真似をたくさんしてくださり、大うけでした。
楽屋が北山たけしさん、大江さん、ジェロさんとご一緒だったので、大江さんが、”きよしさん、お元気でしたか~?”とご挨拶され、ドーナツをくださったり、いろいろなお話もされたそうです。
北山さんはきよしさんより少し年上ですけれども、デビューはきよしさんの方が先ですから、きよしさんは皆さんにとって先輩になるのですものね。
なんだか面倒見のよさそうな”きよし先輩”の姿が想像できて、微笑ましい思いになりました。
さて”ふれあいコーナー”ですが、
昼の部のおひとりめの当選者は、お母さまと、榛東村(という表記でいいでしょうか?)からお越しになった方でした。
お母さまはきよしさんの大大大ファンで、娘さんはこの日”初きよしコンサート”。
なかなか親孝行ができないでいるので、”今日、この質問用紙が読まれて、母がきよし君とお話しすることができたら、親孝行ができるので、よろしくお願いします”というようなことを書き添えていらしたそうです。
娘さんがびっくりするほど、お母さまは喜ばれて、喜ばれて...。
29列と後方のお席だったのですが、お母さまは落ち着かれると、”双眼鏡でみていいですか?”とおっしゃり、ステージのきよしさんを双眼鏡でご覧になったのです。
すると、きよしさんは”ピース!”をされ、大感激されたお母さまと娘さんに向けて、立ちあがってさらに”ピース!”をされました。
嬉しそうなお母さまの様子を、うれしそうにみつめる娘さん。
おふたりをみていて、こちらまで幸せな思いになったのです。
おふたりめの当選者は先の記事の冒頭に書かせていただいた高崎からご主人といらした81歳の方。
そのメッセージを紹介すると、西寄さんが涙されていましたが、わたしもまたじんときてしまいました。
”きよし君がいて、歌があって、私たちは生きています”
というメッセージ、ほんとうに私たちの心そのもの。
感動しますね。
「愛しのテキーロ」のことは、この記事の冒頭に書かせていただきました。
夜の部の“ふれあいコーナー”では、奇しくも(?)、当選された方は、きよしさんと同い年で、ご一緒されているおばあちやまがともに95歳。大正9年生まれとのこと。
きよしさんは、おふたりめの当選者とお話ししていて、そのことがわかると、鳥肌がたったとおっしやって、西寄さんに、その“鳥肌”をおみせになっていました(笑)。
“オリンピックまでがんばります”と力強くいってくださいました。
きよしさんは、おばあちゃまのお名前をお聞きになっていたので、
「た○おばあちやん、愛してる」
と、その言葉に感激されて、そうおっしやいました。
“最近、年をとったなとおもうことありますか?”
という同い年の御孫さんからの質問に、
「そうですね~、だんだん情熱がなくなってきましたね~。
動作もゆっくりしてきました」
と、へろへろして歩く仕草をされたのですが(笑)、
そこですかさず西寄さんが、
「さっきあんなに腰ふっていたのに、なに行ってるんですか!」と。
「白雲の城」がお好きということで、“一緒に歌いましょう”ということになったのですが、遠慮がちなおばあちやまの様子に、
西寄さんが、「きよし君がおばあちゃんのためだけに歌います」
といってくださり、きよしさんが「♪流れ~る雲か…」と一節、二節と歌われました。
「お元気でいてください。
4年後のオリンピックにも、今日のこのメンバーで、集まりましょう」
と、そして、
「約束だー!」
と、右手を掲げてかけ声をかけるようにしておっしやいました。
よくコンサートにお越しになっているお孫さんに、
「コンサートによく来てくださっていますよね。
ご結婚されてますよね?」
とおたずねになると、中学二年生のお子さんがいらっしゃるとのお返事に、
「ご主人は?」
きよしさんは、この日、ご主人はどうされていらっしゃるのかおたずねになったのだと思いますが、
その方が、
“一応おります”とお答えになったので、場内大爆笑。
きよしさんが、
「じゃあ、『さざんかの宿』ですね」と。
またまた大爆笑となりました。
そして、そんなきよしさんに、漫才も、大丈夫なのではと思ったわたしでした。
「時が経つのは早いですね。
(この人生で)なにを残しましょう?」
きよしさんは、自問自答するかのように小さな声でひとこと、おっしゃったのです。
この土日、仕事が、集中していて、ごめんなさい。
またお逢いできますように。