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Channel: 天晴れ! HK伝説 ~氷川きよしさんに出会えた奇跡に感謝!~
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「照れるなあ~」って、ご自分が”どこがいいの?”っておききになったんでしょっ! 中野サンプラザでの生誕記念祭で”素”そのままのきよしさんに、わたし、また惚れちゃったの~。

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「浮き沈みの激しい芸能界で...」
きよしさんはしばし言葉を探すようにされると、
「何がいいんですか、わたしの?」
と客席に、あまりにもストレートにおたずねになりました。
2月2日の中野サンプラザホールでのコンサート、夜の部でのこと。
もう~、今さら、なんでそんことおききになるのかしらねっ!
と、きっと、その場にいたすべての方が思われたことでしょう。
そして、”仕方ないなあ”という感じで、ホールのそこここから”全部~!”という声がこだますると、
「照れるなあ~」
ですって(笑)。
そんなふうにおっっしゃたら、ますます惚れちゃう。
きよしさん、これ以上惚れさせて、わたし、どうしたらいいの?
と問いかけたい思いになっておりました(嬉)。

きよしさんが、
「そんなにいっていただいてありがとうございます」
とおっしゃると、司会の西寄ひがしさんが、
「そういうことってご自分ではおわかりにならないものなんですか?」
とおききになったのです。
すると、
「そうですね。家に帰るとひとりになっちゃって、しんとして、いつもさびしくなっちゃう。
今、これだけの皆さんと一緒にいさせていただいているのに、家に帰ったらぼうっとして、なんだか眠くなっちゃう」
と。

そして前後しますが、「ヨイトマケの唄」を歌われたあとのオープニングトークで、
「デビュー記念日、20周年記念コンサートにお越しくださりありがとうございます。
本日をもちまして、20年めに突入させていただきました。
(昨日、今日と)この広い中野サンプラザのホールで4公演をさせていただけることも奇跡的なことです。
今から18年前、”チャレンジステージ”(2001年7月5日に開催)で、初めてのコンサートをさせていただきました。あのときは、この広いホールをお客様でいっぱいにすることができるんだろうか、ちゃんと歌えるかなって。
不安でいっぱいでした。
きめられた台詞をきちんとしゃべって、(司会者の)西寄さんとトークしたことを、昨日のことのように覚えています。
衣裳も自分らしいものをと考えました。
”氷川きよし”らしさを探して、歌手の道を歩いてきました。
皆さんが僕の歌を楽しみに待っていてくださるから、今日まで歌ってこられました。
0歳の子が二十歳になります。
皆さんが氷川きよしを歌手にしてくださったんじゃないかと思っています」
と、おっしゃられて。
わたしは胸がいっぱいになりました。


と、ここで、先に、おしらせです
3月12日に発売される新曲「最上の船頭/大丈夫」の発売記念イベントが決定しました。
3月11日(月)が池袋サンシャインシティ 噴水広場、15日(金)がアスナル金山 、16日が大阪のツイン21アトリウムで、名古屋、大阪は2回開催です。
詳細は日本コロムビアさんのHPで確認してみてくださいね。

そして、発売当日は「うたコン」に生出演されます!


では以下は、先の記事で書ききれていなかった2月2日のコンサートで印象にのこったことを、記憶のままに昼夜おりまぜて書いてみたいと思います。

ラストで投げキッスを連発された昼の部では、そののオープニングトークで、
「氷川きよしのニ十歳の生誕祭へお越しくださり、ありがとうございます。
皆さんのおかげで氷川きよしは成人することができました。
ありがとうございました」
きよしさんはそうおっしゃるとお辞儀をされました。
そして、
「18歳で上京して3年半アルバイトとレッスンをして、2000年2月2日に22歳でデビューしました。
ここまで歌ひとすじに。
楽器も演奏できませんけれども、歌ひとすじにがんばってきました。
悲しみも苦しみも歌で喜びに変えられることを、皆さんがおしえてくださいました。
二十歳になって、皆さんが氷川きよしを歌手にしてくださったと確信しております。
自分でいうのもおこがましいんですけど、僕って正直でしょう?
だからそれは歌に全部でちゃうんです。
自分も40代、中年になりますけど、これから自分の思いを歌にして歌っていきたいと思います」
とおっしゃると、
「これからも氷川きよしでいたいと思ったりなんかしちゃったりなんかしちゃって!」
と嬉しそうに言葉を継がれたのです(笑)。

そんなきよしさんに、皆が、3月12日に発売が決定した新曲「大丈夫」にかけて、”大丈夫!”と声をかけると、
「大丈夫?」
とききかえされ、さらに、
「大丈夫!」
とOKサインをきめられると、
「英語でいうと、”イッツ・オール・ライト!”」
と美しい発音でひとこと。

そして、この日は昼夜、撮影がはいっていたので、そのことにふれ、
「なんのためのものなのか、自分で把握していないんですけどね(笑)。
皆さんの拍手と声援が(ステージ)を華やかにしてくださるんです。だから皆さんがコンサートの主役なんですよ」
とおっしゃいました。

きよしさんは新曲を紹介するコーナーでは昼夜とも紫(あるいは濃紺?)のお着物に白い帯をしめて登場され、
「銀座のクラブのママ、キヨノでございます~」
しなしなときよしさんがおっしゃたので大爆笑!
良いお着物を着ると、旅館の女将や、クラブのママが思いうかぶのだそうです(笑)。
ちなみに、帯と半襟は白なのですが、ビーズであることをきよしさんがおっしゃっていました。
そちらが「最上の船頭」の衣裳で、「大丈夫」の衣裳はモダンなお着物ということですから、そちらも楽しみです。
そして、「大丈夫」での、右手の親指とひとさし指をくっつけた”OKサイン”をかざして、”大丈夫”と掛け合う展開など、きよしさんが考案されたようでした。
この”OKサイン”について、”どこから始めてもいいですよ~”と、かざす前の起点をレクチャーされ、お顔の横や目や、おへそと見本をしめされると、乳首に。
まあそれは”大丈夫”でしたが、悪ノリされて、デリケートゾーンに手をもっていこうとされ、ご自身で、
「ここはだめですね~」
とおっしゃると、西寄さんが昼夜とも、
「デリケートゾーン!」
とフォローされました(笑)。
ちなみに、起点は”デリケートゾーン”以外ならどこでもよいのですし、両手で”ダブルOK”をされてもよいのですが(笑)、逆さにすると、”お金ちょうだい”になってしまうので、要注意でございます(笑)。

この日も昼夜とも20名の方に色紙のプレゼントがありましたが、2222名の20名という狭き門。
わたしもkさんも、やっぱり当選できなかったのですが、きよしさんがチケットの半券をボックスからかれ、西寄さんが席番をよみあげてくださったときのドキドキ感が最高で、それもプレゼントのうちだなあと感じておりました。
でも、きよしさんは皆の”ああ~”という当たらなかった落胆の声に、
「もう少し色紙書きましょうか?」
と、2222枚書きたい勢いだったのです(喜)。

待望の新曲(ダブルA面)の「最上の船頭」の詩を書いてくださったのは小説家の松岡弘一さん。
「大丈夫」は森坂ともさんで、森坂さんはきよしさんと同世代の方だそうです。作曲は2曲とも水森英夫先生です。

昼の部で、「大丈夫」を歌唱されたあとのトークで、
「今回、20周年ということもあって両A面になりますが、もしかしたら『大丈夫』の方がメインになるかもしれない...」
と、もりあがりぶりに手応えを感じてかふとおっしゃったあと、
「『最上の船頭』のほうが良い方?」
とおたずねに。
なんだか、シーンとしてしまって、その反応に、
「もう、皆さん、正直すぎます! 少しは気、つかってください」
と、きよしさん。
それはきよしさんの方が先に”メインかも発言”をされたからですよ~。
「最上の船頭」もほんとうに素晴らしい曲なんですもの!
夜の部では、そのようにおたずねになることはなかったのですが、「最上の船頭」でも大きな拍手と歓声がおこっていました。

そういえばデビューのときの思い出をお話しされたとき、デビュー曲についてこんなやりとりがありました。
「”ガラスの私”とか、”ガラスの心”とか? なんていうのかなあ...。
シャレたポップス系でデビューするのかなって思っていたんですよ(笑)。
でもデビュー曲は股旅でした。
おかげさまで恵まれたスタートをきらせていただきましたが、それからはそれを維持しないとならなくて、そして皆さんの期待に応えたいと思って、必死でした。
子どもの頃からそうなんですね。親の期待に応えたいって思ってやってきたから」

きよしさんがそこまでおっしゃると、司会の西寄ひがしさんが、
「それもすべて、きよしさんが優しいからですよ」
とフォローしてくださいました。

また、昼夜とも月11日&12日の日本武道館での2days3公演について、インフォメーションがあり、
夜の部では、
「この20年のいろいろなものを全部ぶつけたいですね。
20周年なので20曲? それじゃふだんのコンサートより少なくなっちゃうから...。
41歳なので41曲歌っちゃう?」
と、楽しくてたまらない様子のきよしさんでした。
どんなものになるのか楽しみでなりません(喜)。

そして、追加公演決定ということで、昼夜とも9月6日のバースデーに大阪城ホールでも20周年記念コンサートを2公演開催を発表されたのですが、夜の部では、万歳三唱をさせていただきました。

ちなみに昼の部では、西寄さんがインフォメーションされ、演歌歌手の単独コンサートが史上初であることをおつたえしようとされ、
「演歌歌手としての単独公演は」
といいかけると、
「えっ、僕は演歌歌手じゃありません。シンガーです!」
と、即座に、こだわり発言をきよしさんがされたので、それ以上進められなくて(汗)。
「いや、ここは演歌歌手としてカテゴライズしないと成立しないので」
と西寄さんが説明され、きよしさんは、”しまった”、そうだったのか”という様子で、そのやりとりが微笑ましく思えたのです(笑)。


イメージ 1



以下は、弾みに弾んだ夜の部での爆笑トークを。

突然、
「今、素です!」
と、胸をはってひとこと(笑)。
そのひとことについて西寄さんが、そういっても、ふだんとステージとほとんど変わらないということをフォローされると、きよしさんは、
「でも、ステージではいくらかよそゆきでしょう。
楽屋では西寄さん”オナラ”してるけど、ステージではしませんもんね」
と、さらりと”意地悪トーク”(汗)。
「うわっ、こんなところに罠があるとは思わなかった~」
と西寄さん(笑)。
そんなおふたりへの客席のいぶかし気な反応に、
「うそ、うそうそうそ! そんなことありませんからねっ」
ときよしさん。
ほんと、きよしさんたら、大好きな人には意地悪したくなっちゃうんでしょ!
もう、子どもみたいなんだから。
でも、そんなやりとりは、いうまでもなく”素”ならではですね(笑)

そして、ここできよしさんが西寄さんのお母さまの話題をされたのです。
「昨日、西さんがお母さんと電話されていたので、電話かわらせていただいたんです。
少しお話しさせていただいて。
でも、ええと、天然ボケ?」
ときよしさんがおっしゃると、
西寄さんが、
「人の親を天然ボケって!」
とお叱りモード(笑)。
きよしさんは、”そんなつもりじゃなくて~”というようなことをおっしゃったのですが、
「いいんですよ~。20年のおつきあいですからね~、そんなこと、気にしません」
と西寄さんがやさしくおっしゃいました。
そうですね。西寄さんのお母さまは、突然きよしさんが電話にでてくださったので、アガッてしまわれたのでしょう。
そして、きよしさんもいい意味で、いつもほんわりしていて優しいお母さまだということをおっしゃりたかったのですが、でてきた言葉が先の4文字になってしまったのでしょう(笑)。
ね、皆様、このやりとりも、思いっきり”素”というか、”素”以外のなにものでもありませんよね。
あらためて、西寄ひがしさんに感謝の思いでいっぱいになりました。

西寄さんは、わたしが今さら申しあげるのもおこがましいですが、きよしさんと苦楽をともにされ、いつでも寄り添ってきよしさんを縁の下から支えてくださって。
ひとりっこのきよしさんにとって、お兄さんのような存在であり、友人でもあるのに、仕事ではきっちり線をひかれて司会者として最高のトークとパフォーマンスで、”氷川きよし”をサポートしてくださっているのは多くの方がご存じかと思います。
そして、いざとなればきよしさんに苦言を呈されて、けんかになることもいとわず、けっして”イエスマン”にはならない九州男児ですものね。

あらためて西寄さんにも感謝の思いを強くさせていただいたこの2日間でした。


氷川きよし様
20周年おめでとうございます。
多くの方に支えていただけたのは、あなたが素晴らしい歌声の持ち主で、そして心優しく誠実でがむしゃらで一生懸命だったから。
あなたに逢った誰もがあなたを応援したくなるのでしょう。


※皆さま、たくさんのコメントをありがとうございます。
お返事が書けなくて申し訳ありません。
ひとつひとつこころにとめてたいせつに読ませていただいています。
これからもどうかよろしくお願いいたします。

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