今回の公開収録への応募総数は8212通。1枚で2名分の申込であることやホールの座席数1275のうち、PAなど収録のために使用できない席もあることを加味すると倍率は16倍ほどになるでしょうか。
並んでいるときも、1枚の応募で当選した方、30枚応募して当たらず、お友だちが5枚出して当たったので誘ってもらったなどなどと、さまざまでした。
そんな狭き門をくぐりぬけたあとは、くじ引きが待っていました。
1名、2名いずれか交換する人数によってボックスが分かれているのですが、そこから自分で座席指定券の入っている白い袋をひとつ引くのです。
先に1階玄関脇にできていた入り待ちをしている列に加わって、きよしさんの到着を待ちました。
引き換え開始の12時をすぎて13時近かったでしょうか。
スモークの貼られたワゴン車が数台到着したあと、きよしさんはスモークの貼られていないワゴンに乗車されていらしたので、笑顔で手を振ってくださるきよしさんの姿がみえたのです。
収録の内容は、放送時のサプライズを楽しまれたい方もおられると思います。
ここではきよしさんのことを中心に少しだけ書きますので、サプライズを楽しまれたい方は、ホールの外観の画像のあとからお読みいただければと。
前半が授業のシーンの収録、30分の休憩をはさんで、”歌のコンサート”の収録という順番で収録を進める旨の説明があり、五木先生(五木ひろしさん)の唄う石原裕次郎さんの「北の旅人」でスタートし、五木先生は、”夜の釧路は雨になるだろう”の”釧路”を千歳”に変えて唄われたので、地元のかたが多数訪れていた客席はわあっとわいたのです。
学級委員は福田こうへいさん。一緒に勉強する仲間の皆さんは、島津亜矢さん、椎名佐千子さん、丘みどりさん、よゐこのおふたり(有野晋哉さん、濱口優さん)、いとうあさこさん、あばれる君で、五木先生との楽しいやりとりですっかりうちとけた雰囲気になったところで、転校生の”氷川きよし君”が「きよしのズンドコ節」を唄いながら登場。
「制服が間に合わなくてバイト先からそのまま来ました」
ときよしさんはおっしゃったのですが、イメージは「月が笑ってる」の主人公で、衣裳は黒とシルバーの縦ストライプのパンツとベスト、シャツは皆に合わせて白の半袖でした。
五木先生とのやりとりで、バイクに乗っやってきたことに(笑)。
後半の収録で、番組初参加の感想を述べられた折、
「転校生ということで衣装をあれしてこれして(笑)出させていただきました」とおしゃっていたのです。
同じくこの番組に初出演だった島津亜矢さんの制服姿が、”かわいい~”と大好評だったので、きよしさんにも制服をお召しになっていただきたかった思いもありましたが、またの機会に実現するでしょうか。
「今日は五木先生に歌を教えていただきたいと思ってきました」
とおっしゃったきよしさんに、五木先生は、
「今さら(僕が)教える必要ないんじゃないの」
と。
五木先生にそんなふうにいっていただけて、きよしさんは 最高の誉め言葉いただいたなあと嬉しくなったのですが、、きよしさんは
「そんなことありません」と返答されたのです。
それで五木先生が、
「心から?」おたずねになると、
「心から」とおうむ返しに即答されたきよしさんでした(喜)。
きよしさんが紅白の大トリをつとめられた時の舞台裏での五木さんとの一部始終を目の当たりにして、きよしさんのファンとして一生涯五木さんに感謝すると誓ったわたしですが、この日もそんなふうに息が合ったおふたりのやりとりに、きよしさんに気さくに接してくださる五木さんにありがたさを感じたのです。
そして発声練習では、五木先生に指名されると、数フレーズ歌唱するというスタイルだったのですが、きよしさんが”ファルセット”のところで指名されて数フレーズ唄われると、その美声に客席はもちろんなのですが、共演者の皆さまも思わず聴き惚れているのがファンの欲目ぬきに、わかったのです。
つづいて”北海道ゆかりの歌”にチャレンジするコーナーになり、「北酒場」を福田さん、「石狩挽歌」を島津さん、「ソーラン渡り鳥」を椎名さんと丘さんが歌唱され、五木先生の歌唱指導や講評に熱がはいっていったのです(笑)。
お笑いの皆さまも大活躍で、よゐことあばれる君の3人で「知床旅情」、いとうさんが「ワインレッドの心」に挑戦したのですが、五木先生のアドバイスを律儀なほどに実践したいとうさんの歌唱法には大爆笑。
軽音楽部の部員という設定で舞台上手で演奏してくださっていたバンドの皆さんも思いきり笑っておられたのです。
丘さんが「北の宿から」を歌唱されると、いよいよきよしさんの番となりました。
歌唱されるのは「哀愁列車」。
各自、”先生!”と呼びかけて、当てられると曲名をいってから歌唱というながれだったのですが、このとき、きよしさんが、”しぇんしぇい”とおっしゃったので、その響きがかわいいなって思ったのです。
ここで五木先生が、「どのキーで唄うの?」ときよしさんにおたずねになり、キーを確認されると、「まだまだ」と五木先生はおしゃったのです。
「でも、(これは)三橋さんと一緒ですよ(汗)」
ときよしさんがおっしゃると、「一音あげてみようか」と五木先生。
これ、アドリブだったのでしょうか?
きよしさんは、かなり動揺されている様子で、
「いやあ、唄えるかなあ」
と。
「唄えます」
と断言する五木先生に、
「気絶するかもしれない」
とまだ不安気なきよしさんでしたが、
「(どのときは)病院紹介します」
と、”なにそんな甘えたこといってるの?”という感じで五木先生に厳しく突き放されてしまったのです(笑)。
でも、みごとなハイキーでの歌唱に、わたしはうっとりさせていただいて、そして唄いおえると大きな拍手がおこりました。
”おみごと!”とそんなふうに五木先生はおっしゃっていたでしょうか?
思わず抱きあったお二人でしたが、ホッとした様子のきよしさんに、
「これでキーがまたあがったね」
と五木先生。
厳しくも素敵なレッスンにさらなる拍手がおこったのです。
ところで皆さま、このやりとりってアドリブなのかしら?
もしそうなら突然1音あげることになって、みごとな歌唱を聴かせてくださったきよしさんてすごいなあってますます惚れ直しちゃいますし、台本があったとしたなら、あんなに動揺してみせてくださって、すごい演技力だなあって、それもまたまた惚れ直しちゃいませんか(嬉)。
そんなやりとりのあとで、「先生も唄いたくなっちゃった。氷川君、”次、誰が唄う?”って聞いてくれる」とおっしゃて机の陰に身を隠す五木先生。
きよしさんは大きくうなずくと、せっかく身を隠している五木先生に、
「はい、そこの目の細い人!」と(笑)。
「だから、氷川君。そういったら僕が見えてることになっちゃうでしょう」
と五木先生はオカンムリ(笑)。
ようやく、五木先生のミッションどおりにお声をかけ、五木先生は「恋の町 札幌」を歌唱されたのでした。
ここで特別講師の武田鉄矢さんが登場。
なんと本物の金八先生の衣装をお召しくださっているということでした。
”自分の母親を1行で表現”する、いわば”キャッチコピー”に挑戦することになったのですが、
きよしさんは、
「きよし(清志)をよろしくお願いしときます」と、お母さまの語調そのままにおっしゃり、お母さまはいつでもそんなふうにおっしゃられるのだということをお話しされたかと思います。
優しい、優しいお母さまなのですね。
そして、五木先生のギター伴奏にあわせてお母さんのワンエピソードを何名かの方が語られ、笑ったり、ほろりとしたり、素敵なものばかりでした。
きよしさんはここではお話しされませんでしたが、お話しされるかたたちのお話に頷きながら聞き入っておられたのです。
そして、”芸能生活三大不幸”というテーマになりました。
不入り、不人気、不ノリがその3つなのだそうですが、今どんなに売れている人でも最初から人気があったわけではないので、
「これは絶対にくぐらなければならない関門です。
でも、この3つを、いつかしゃべりネタにしようって、飯のタネにすることができるって思ったらいいんですよ。
うまくいった話は参考にならないけど、こういう話は参考になりますからね。
テストの答えって正解はひとつだけど、不正解は無数にあるでしょう」
との武田さんの言葉に、なるほどなあと感じ入ったのです。
五木先生が何回目かの名前をかえて新人歌手としてあるステージにたったときのこと。
2000人のホールにバンドさんが20名、新人歌手が8名に対して、お客様が8名だったエピソードをお話しされ、「あのときのことは忘れることはありません」
と。
皆さまがエピソードをお話しされていって、きよしさんの番に。
「デビューして間もないキャンペーンで、50人くらいのかたが入れる会場に20人の人が集まってくれたんです。
僕、そのとき、風邪をひいていて思うように声が出せなくて...。
(一生懸命唄ったんですけれども)ひとり減り、ふたり減り、最後は5人でした。
残った人のなかには、”がんばってね、有名になってね”といってくれた人もいてありがたかったんです」
きよしさんはそこまでお話しされると、帰った人に対しては、正直、”このやろう”というような口惜しい思いを抱いたことも隠さず言葉にされたのです。
すると、五木先生が、
「それがあったから、がんばれたんだよね」
とひとこと。
きよしさんがその言葉に笑顔でうなずくと、
「帰ってくれた皆さんがいたからがんばれた。
だから帰ってくれてありがとうだよね」
とむすんでくださいました。
売れるまでに5回名前を変えた五木さんですから、わたしたちが想像もつかないようなご苦労をされたのでしょう。
でもだからこそ、そんなふうに心にしみいるアドバイスをすることができるのでしょうね。
全員で海援隊の「贈る言葉」を唄って第一部は終演となりました。
30分の休憩をはさんで、後半は歌手の皆さまの歌のステージ。
福田さんと丘さんが司会進行をつとめられ、歌手の皆さまがステージに勢ぞろいされ、きよしさんは、白紋付きにお召し替えされていました。
丘さんは「佐渡の夕笛」
福田さんは「かあちゃんの浜唄」
椎名さんが「ソーラン鴎唄」を歌唱されると、きよしさんと島津さんがおふたりであらためて登場され、番組初参加の感想や新曲にかける思いをお話しされたのです。
きよしさんは「男の絶唱」、
島津さんは「心」を唄ってくださいました。
ラストは五木さんが「忘れ宿」を唄われ、歌手の皆さまが勢ぞろいされて、お別れとなりました。
幕がおりるまでにしばし時間がありましたので、手を振りあい、ホールのそここに”ありがとう”の思いのこもった視線をおくってくださったのです。
思いきり笑って、そしてしみじみとして...。
皆さまの熱唱を堪能させていただきました。
※ホテルのお部屋からホールの楽屋口が見えることに夕方になって気づきました。
終演後は雨がふっていたのですが、地元のお友だちの誘導で、裏口の警備員さんがおられるところで出待ちをしました。
スモークガラスのワゴンを3台ほど見送ったのですが、暗くてこちらからはシルエットしかわからなかったのです。
でもそのなかで、通りすぎる際、真ん中くらいにすわっているのにぐるりとこちら側に向きなおったかたがおられて...。
それがきよしさんだったことがあとでわかったのです。
皆が点灯したペンライトをもっていたので、気づいてくださったのでしょう。
タクシーに乗った五木さんがファンの列に会釈されて通りすぎて...。
これから? でもさっきのシルエットはきよしさんじゃ? と思っていたら、待機していた係のかたたちに連絡がはいったそうで、
「あの、もう、ホールに残っているのはバンドのかただけだそうです」
と申し訳なさそうに出待ちの皆におっしゃったのです。
皆さま、その出口から出られたということでしたので、そこで、やっぱり、あのシルエットがきよしさんであることがわかったのでした。
そして、そんなに早く、それも五木さんよりも先に出られるなんて、きっと打ち上げでもされるのじゃないかしら? と皆で話していたのですが、ほんとうにそうだったことが今になってわかったのです(嬉)。
それは島津さんがブログにそのことを(喜)。
そのことに気づいた、お友だちがメールをくださったので、さっそくみてみました。
↑楽しい楽しい打ち上げだったようですね。