「なんだっぺ~?」
客席から歓声と拍手にまざって、聞こえてきた声の主に向かって、きよしさんはやさしく聞き返しました(笑)。
その声の主はもう一度声を発したのですが、きよしさんには聞きとりずらかったようで、右耳に右手をあてて、よく聞きとろうとする仕草をされると、一瞬、場内は静まり帰って。
そこで聞こえてきたのは、
”カッコいい!”でした。
「えっ? カッコいい?」
きよしさんが、その言葉を反芻されると、ドッと笑いが起こりました。
でも、その声の主は、どうしてもどうしても、きよしさんが、”カッコいい!”ことを、きよしさんにお伝えしたかったのでしょうね。
昨日11月5日に山形市民会館でおこなわれた、きよしさんのコンサートの夜の部でのことでした。
きよしさんはすっかり”芋煮”がお気にめしたそうで、お昼に食べたのですが、夜もまた食べたいのこと。
「芋煮もそうですけどね、
(山形では)何食べても、うめーんだー。
栗のようかんてありますでしょう。
それもまた、うめーんだー。
なんべんでも食べたくなるんだー」
と大絶賛されていました。
栗が大好きなきよしさんが、それほど絶賛される栗ようかん、わたしも食べてみたいものです。
皆さま、一夜明けて、そして、もう、この時間ですと、”こんにちは”でしょうか?
さて、昨日、山形市民会館で開催されたきよしさんのコンサートのこと、先に夜の部のオープニングでのことを書かせていただきましたが、以下は、昼夜の内容を織り交ぜながら、出かけるまでの時間なので、途中になるかもしれませんが、書いてみたいと思います。
オープニングから山形のお国ことば炸裂のきよしさんでした。
「皆さん、ようこそ。
”氷川きよし、みにいくっぺか?”
”んだ、んだ~。いくっぺ”
っていって、皆さん来てくださったんでしょうか」
と、お客様のやりとりを想像して、ネイティブな山形弁で再現されたので、場内大爆笑。
嬉しそうなきよしさんだったのです。
先にセットリストですが、オリジナル曲のコーナーで「残雪の町」を歌ってくださいました。
水木れいじ先生が描かれた、主人公の”激情”に、心が痛くなりつつ、きよしさんがコンサートで歌ってくださっていたころから、わたしのなかではつながっていたようで、あの主人公はその後どうしているかなあなんて、自然と想像してしまったのです。
「素敵なバースディ」は、ステージのセンターステップにすわって、左足を右足より1段下の段におかれた状態で、ときに右足で軽くリズムをとりながら、歌いだされ、後半はステージセンターに歩みでて、歌いあげてくださいました。
聴くたびに感動せずにはいられません。
きよしさんの真心が伝わってきて、”氷川きよし”の歌声に、生きていることを祝福していただいて、心の底から励まされるのです。
また、「愛しのテキーロ」を歌唱される際、あの赤と黒のバイカラーのスーツをお召しになりますが、今回は黒のオニキス(だと思います)のネックレスをつけておられて、そのバランスも素敵だったのです。
そして、個人的な思いでしたが、今回のコンサート前に、「愛の讃歌」のことを書かせていただいて、自分なりに気持ちの整理ができていたこともあり、この日、昼夜「愛の讃歌」を聴かせていただいて、歌うほどに、深まっていく、きよしさんの歌の世界に、吸いこまれるような思いになり、ただただ幸せを感じていました。
”氷川きよしさんに出会えた奇跡に感謝!”という、このブログの副題そのままの思いで胸がいっぱいになったのです。
以下はちょっぴり気持ちを静めてトーク中心に書いてみます。
昼夜とも、”山形といえば大泉逸郎さん”ということで、大泉さんの話題でももりあがりました。
大泉さんは山形県河北町のさくらんぼ農家の方ですが、アマチュアの民謡歌手として活動されるなか自主制作された「孫」が話題になり、1999年にメジャーデビューし大ヒットへとつながっていったそうです。
「孫」が大ヒットしている2000年の2月2日にきよしさんはデビューされ、ともにその年末には「NHK紅白歌合戦」に初出場ということになったので、なにかとご一緒させていただく機会が多々あったということを、この日、きよしさんがあらためてお話しくださいました。
「山形とえいば大泉逸郎さん。
僕がデビューした年に、大泉さんの「孫」がヒットしていたので、ご一緒させていただくことが多かったんですよ。”今度、さくらんぼ、送ってやっからな”っていってくださって」
きよしさんは大泉さんの口調を真似てそうおっしゃってから「孫」をア・カペラで歌ってくださいました。
昼の部は、”♪下がる目じりが 下がる目じりが えびす顔”と歌うところでの”目じり”を、”メズリ”と発音されていたのです(笑)。
夜の部ではワンコーラスすべてを、”氷川節”として歌ってくださったのですが、すぐお隣で聴いていらした司会の西寄ひがしさんが大感激されて、”いつかアルバムにカバー曲として収録してください”とおっしゃっていました。
西寄さんといえば、11月7日が42歳のお誕生日なので、ひと足先に皆で祝させていただきましたが、ほんとうにおめでとうございます。
また7日にあらためてブログでお祝いさせていただきますね。
この日は昼夜とも熱唱につぐ熱唱で、めくるめく”氷川節”を聴かせてくだって、ホールは拍手と歓声と、感動のため息が満ち満ちていたのですが、きよしさんの歌唱熱は山形弁とともに(笑)とどまるところを知らずにア・カペラ歌唱のサプライズが多々あったのです(喜)。
山形は民謡どころでもあるという話題から、昼の部では「真室川音頭」や「山笠音頭」の曲名がでて、突然のことに歌詩が何番もあるので、昼の部ではハミングで補われましたが、夜の部では「真室川音頭」をワンコーラス、ア・カペラで、みごとに歌ってくださいました。
昼夜のコンサートの間の限られた時間に、歌詩を確認するなど準備してくださったのでしょうね。
そんなところに、きよしさんの歌手としてのプライドと負けん気を感じて、嬉しくなったわたしです。
そういえば昼の部で、前方のセンター席にご夫婦でお越しくださっている方に気づかれたきよしさん、ご主人に、
「お隣の方は奥様ですか?」
と、お聞きになられて、”そうです”とお返事が返ってきたのに、
「(おふたりは)ご夫婦ですか?」
とお聞きになったので、場内大爆笑(笑)。
西寄さんに、「奥様なんだから、ご夫婦にきまってるじゃないですかっ!」
とつっこまれてしまいましたが、
「僕、じゃあ、『夫婦春秋』を歌います」
とおっしゃって、
嬉しいっ!!!
きよしさんが「夫婦春秋」を、ワンコーラス、ア・カペラで歌ってくださったので、先日のイベントで歌唱されたとうかがい、早く聴いてみたいなあと思っていた曲でしたから、感動してまたも涙目になってしまったわたしでした。
多忙な日々を送るきよしさんですが、先日、1日お休みをいただくことができたそうです。
「1日、お休みいただいたので、スーパーにいって(食材を購入して)自炊したんです。
広島で食べた、汁なし担担麺がおいしかったので、それを再現して。
ひき肉、山椒、麺を買ってね。
麺は3個128円でした。”今日の目玉”って書いてあって(笑)。
それで、(買い物かごを持って)レジに並んだんですけどね、僕が並んでいるのに横から無言で割り込んできたご主人がいたんですよ~。
会釈も何もなくて」
きよしさんは、そういう人もいるんだなと思って、グッとこらえて気持ちをおさめたそうです。
心優しいきよしさん、ご主人がなんでそんなことをするのかなあと思ったら、何もいえなくなってしまったのかもしれませんね。
それに、きよしさんがご主人になにかおっしゃったら、そのお声で周囲の方に、プライベートなのに、きよしさんだって気づかれてしまうかもしれませんものね。
心優しいきよしさんで、ほんとうによかったです。
ちなみに、汁なし担担麺はひき肉を炒めて、そこに山椒入れ、醤油やお酒で味つけをするそうです。
それをゆでた麺のうえにのせ、(青ネギをかけて?)、麺にからめながらいただくとのこと。
おいしそうですね~。
と、皆さま、ごめんなさい。
ここで出かける時間になってしまいました。
この記事のタイトルに書いた話題まで行き着けませんでした。
ごめんなさい。
また、今夜続きを書かせてくださいね。
そして、昨日の「氷川きよし節」(文化放送)でのトークにも感動したので、あわせて書きますね。
またお逢いできますように。